船上城跡 (ふなげじょうあと)


 
明石警察の西側に平城の船上城跡はあります。
 本丸跡と伝えられている微高地が残されているのみで、大部分は宅地となっています。
 住宅街を抜け田んぼの細いあぜ道を通ら無ければ到着いたしません。

 播磨国明石郡 (明石市新明町)にあった。


 天正13(1585)年 豊臣秀吉が行った所領替えに伴い、高槻の高山右近が枝吉城(神戸市西区枝吉)に入城し、本格的に船上城の築城と城下町の建設に着手 城の西側には城下町を整備し、南側には堀を経て海へつながる港を建設した。


 昭和56年度の調査で船上城の堀跡の一部と思われる溝状遺構と、建物に伴う暗渠が検出 平成3年の調査では、東西にのびる屋敷境の溝跡が館出、溝跡からは焼けた瓦類の他、17世紀初頭の唐津焼、織部焼、志野焼等が見つかり、本丸のまわりに武家屋敷が広がっていたことが裏付けられた。

 元和3(1617)年に、信濃の小笠原忠政(のち忠真)が明石城主として赴任し船上城に入りましたが、同6(1620)年に明石城の完成とともに廃城となった。


微高地が存在します

道路には接してません

ほこらが有ります

案内板

        

「船上城跡」まで弊店より東南東約18分



貴崎 お好み村 078−923−4401
林崎松江海岸駅 北2分 ニュープラザ商店街
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